AI活用の教科書

常夜灯

物語2026年7月6日4 分で読了執筆: 翔平

深夜のレジに立つ青年と、コーヒー牛乳を買いにくる老人。機械の声が増えていく夏の終わりに、消えない灯りが照らすもの。

読み物近未来

 自動ドアが開くたび、夜の熱がひと固まり入ってくる。青木はレジの内側で、その温度が冷房に溶けていくのを見ていた。時計は一時を回っている。

 外の街灯には蛾が群れていた。ガラスに何度もぶつかっては、また光へ戻る。

 この時間の客はまばらだ。缶ビールを二本だけ買う男。雑誌を立ち読みして、何も買わずに出ていく学生。それきり、しんとする。冷凍ケースのうなる音だけが残った。

 上京して二年目の夏だった。電話は、たまに母からかかってくる。ちゃんと食べているか、と聞かれて、食べている、と答える。それで話は終わる。夜のこの店で、青木はいちばん多くの言葉を口にした。いらっしゃいませ。あたためますか。ありがとうございました。

 *

 老人は、いつも一時半ごろに来た。

 自動ドアの前でいちど立ち止まり、それから思い出したように中へ入る。まっすぐ乳製品の棚へ行き、コーヒー牛乳を一本取る。新しいものが奥に並んでいても、手前のいちばん古いものを選んだ。

 レジに来ると、老人はいつも同じことを言った。

「暑いねえ」

 青木はバーコードを通す。百三十円。

「今日は、少し風があります」

「そうかい」

 老人はそれだけで、うれしそうに小銭を数えた。指の動きはゆっくりで、十円玉が一枚、台の上を転がる。青木はそれを拾って、手のひらに戻した。冷たい手だった。夏なのに。

 ある夜、老人は青木の胸もとを見て言った。

「青木くん、だったかね」

 名札の字を、ひとつずつ読むみたいに。青木は、はい、と答えた。名前を呼ばれたのは、久しぶりだった。

 *

 秋の初め、店に機械が入った。

 入口の近くに、背の高い精算機が四台並んだ。客が自分で商品を読ませて、自分で払う。画面の中で、丁寧な声が案内をする。ありがとうございます、と、間違えない発音で言う。

 本部の人が来て、深夜は人をひとりに減らすと言った。青木のシフトは、週に二日になった。

 *

 機械が来てから、老人はしばらく来なかった。

 青木は、自分が入る夜しか店にいない。だから来ないのか、来ていたのに会えないのか、それは分からなかった。ただ、コーヒー牛乳の棚の、手前の古いものが、いつも残っているのに気づいた。

 夏の終わりの、生ぬるい雨が降った夜だった。

 自動ドアが開いて、熱ではなく、湿った匂いが入ってきた。

 老人だった。傘を持っていない。肩のあたりが濡れて、色が変わっている。

 まっすぐ精算機のほうへは行かず、老人は少し迷うように立っていた。四台の機械が、それぞれ光っている。誰もいないレジの、青木のいる一台だけに、老人は近づいてきた。

 コーヒー牛乳を、台に置く。

「暑いねえ」

 雨の夜だった。青木は、バーコードを通した。

「今日は、涼しいですよ」

 老人は笑った。目のまわりの皺が、深くなる。

「そうかい」

 小銭を、ゆっくり数えた。十円玉は、今日は転がらなかった。

 *

 老人が出ていったあと、青木は自動ドアの外を見た。

 街灯に、もう蛾はいなかった。季節が変わったのだ。濡れた歩道に、店の光がのびて、水たまりの中で揺れていた。

 この店の灯りは、朝まで消えない。眠れない誰かが、それを見て歩いてくるのかもしれない。ぜんぶ機械になっても、灯りだけは同じように、そこにある。

 でも、と青木は思う。名前を読んでくれる者は、まだ、あの機械の中にはいない。たぶん。

 精算機の一台が、誰もいないのに、ふいに小さく音を立てた。案内の声が、暗い店内にひとこと、ありがとうございますと言って、消えた。

 青木は、手前の古いコーヒー牛乳を一本、新しいものの後ろへ、静かに移した。

Follow

思いついたことを、AIでかたちに。

初心者でも、頭の中にあるものをそのまま形にできる短いプロンプトを、X で毎日発信中。

@ai_shohei_jp をフォロー