AI活用の教科書

かかし

物語2026年8月29日4 分で読了執筆: 翔平

年に一度しか会わないいとこと、稲刈り前の田んぼ。じいちゃんの遅い手を挟んで、二人は同じものを立てる。

読み物近未来

 稲は頭を垂れていた。金色の海みたいだ、と拓は思ったが、口には出さなかった。都会から新幹線と各駅を乗り継いで三時間、駅からじいちゃんの軽トラで二十分。ここには電波の弱い場所がある、と父が言っていた。ほんとうだった。ポケットの中で、画面の端の輪が、さっきからずっと回っている。

 「拓、久しぶりやな」

 いとこの陽が、あぜ道の向こうから手を上げた。去年より背が伸びている。同い年なのに、日に焼けた腕は、拓のよりずっと太かった。盆と彼岸に会うだけの相手に、最初の一言をどう返せばいいのか、拓はいつも分からなくなる。

 「……久しぶり」

 スマホを鞄の底に押し込むと、輪が回っているのが見えなくなって、少しだけ息が楽になった。

 田んぼの隅で、じいちゃんが竹を組んでいた。二本の竹を十字に縛って、そこに古いシャツを着せていく。腰が曲がっている。指の節が太くて、紐を結ぶ手つきが、拓の目にはひどく遅く見えた。

 田の真ん中に、細いポールが一本立っている。ときどき、鷹の声に似た音を短く鳴らした。光が一瞬、銀色に散る。

 「あれ、なに」

 「鳥よけ。音と光で鳥が来ん」陽が言った。「じいちゃんが去年、市役所からもろた」

 拓はポールとじいちゃんの手元を見比べた。「じゃあ、かかし、いらなくない?」

 じいちゃんは笑った。返事はしない。手も止めない。シャツの袖に、丸めた新聞紙を詰めていく。袖がだんだんふくらんで、腕の形になっていった。

 「持っとって」

 陽に竹を渡された。拓は言われるまま、十字の竹をまっすぐ立てて支えた。陽が根元を縄で結ぶ。拓もやってみたが、縄はすぐにゆるんで、竹が傾いた。

 「そこ、こうやって」

 陽の指が、拓の指の上に重なった。二重に縄をかけて、ぐっと引く。手のひらに縄の跡がついた。二度目はひとりでできた。三度目は、少し速くできた。

 土の匂いがした。都会では嗅いだことのない、水を含んだ、青くさい匂い。日はまだ高いのに、風だけが先に秋になっていた。

 シャツの胸のところに、じいちゃんが麦わら帽子をのせようとして、やめた。

 「拓の、貸してくれるか」

 拓は自分の頭に手をやった。キャップは、駅前で買ったばかりの、青いやつだった。少し迷って、ぬいだ。汗で湿った内側が、風にあたって冷たかった。

 十字の竹のてっぺんに、青いキャップがのった。両腕をいっぱいに広げたそれは、遠くから見ると、だれかが田んぼの真ん中で手を振っているみたいだった。

 「名前、つけよ」陽が言った。

 拓は考えて、思いつかなくて、「わからん」と言った。陽も「じゃあ、たく」と、あっさり言った。拓のキャップをかぶっているから。それだけの理由だった。

 拓は笑った。声を出して笑ったのは、着いてから初めてだった。

 夕方、田を出るとき、拓は一度だけ振り返った。

 鳥よけのポールが、また鷹の声を鳴らした。銀色が散った。そのすぐそばで、青いキャップのかかしが、両手を広げて立っていた。鳥は、そっちには来なかった。来ても、来なくても、かかしはただ立っていた。

 帰りの各駅停車の窓に、拓は額をつけた。

 金色の田が流れていく。その中に、ぽつんと、両手を広げた小さな影がある。青い点が、てっぺんで揺れている。電車が速くなるにつれて、影はどんどん後ろへ遠ざかった。

 来年、あれはまだ立っているだろうか。キャップは色があせて、シャツは雨で重くなって、それでも腕を広げたまま。

 たぶん。

 拓は、見えなくなるまで、額を窓から離さなかった。手を振っているのが、かかしなのか、自分なのか、途中で分からなくなった。

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