畑の土は白く乾いていた。じいちゃんは腰をかがめて、指先で土をひとつまみすくう。それを鼻のあたりまで持っていって、しばらく黙っていた。
「明日は、降るな」
つばさは麦わら帽子のつばを持ち上げて、空を見上げた。雲はどこにもない。夕方の空は遠くまで青くて、山ぎわのあたりだけが、うすい橙に染まりはじめている。
「スマホは晴れって言ってたよ」
ポケットから出した画面には、明日のところに小さな太陽の絵が並んでいる。雨の傘の絵は、どこにもなかった。降水確率という文字の横に、ゼロ、と出ている。
「そうか」
じいちゃんはそれ以上、何も言わなかった。畝のあいだをゆっくり歩いて、なすの葉を裏返して見ている。つばさは画面の太陽と、じいちゃんの背中を見くらべた。
*
夕飯は、畑で採れたきゅうりと、みそをつけて食べる茄子だった。
「じいちゃんはさ」つばさは箸を止めて言った。「なんで明日降るって分かるの」
じいちゃんは湯のみを置いた。窓の外は、もう暗い。虫の声がしている。
「燕が、低いとこ飛んでたろう。夕方」
そういえば、と思う。畑の上を、黒い鳥が地面すれすれに何度も横切っていた。速くて、つばさには追えなかった。
「雨が近いと、虫が低いとこに下りてくる。羽が湿るからな。その虫を追って、燕も低く飛ぶ」
「ふうん」
「あとは、膝だ」じいちゃんは片方の膝を、手のひらでさすった。「降る前の日は、ここが、こう、重くなる」
つばさは自分の膝を見た。何も感じない。ただの膝だった。
「そういうの、スマホには出ないの」
「出るわけがない。わしの膝の話だ」
じいちゃんは笑った。皺の奥で、目が細くなる。つばさも、なんだかおかしくなって笑った。
*
朝、雨の音で目がさめた。
雨戸の隙間が白い。ぱらぱら、という音が、だんだん、ざあ、に変わっていく。つばさは布団から起きて、縁側の戸を少し開けた。
雨だった。畑の土が、色を変えている。白かった土が、こげ茶色に濡れて、つやを持ちはじめていた。乾いた土に雨が落ちるときの、あのにおいがした。むっとする、土くさい、でも嫌じゃないにおい。
じいちゃんは、もう起きていた。縁側に座って、ただ雨を見ている。
「降ったね」
「降ったな」
つばさはスマホを探して、枕元まで戻った。天気のところを開く。太陽の絵は、いつのまにか傘の絵に変わっていた。降水確率のところに、大きな数字が出ている。
「スマホも、降るって言ってる。今は」
「今はな」
じいちゃんは可笑しそうに言った。責める調子はない。
「機械もたいてい当たる。よう当たる。ただ、今日はわしの膝のほうが、半日ばかり早かった。それだけの話だ」
つばさは、じいちゃんの隣に座った。膝を、そっと自分の手でさすってみる。やっぱり何も分からない。重くも、軽くもない。ただ、朝の畑を見ていた。
*
雨は昼前にやんだ。
土はたっぷり水を吸って、黒くなっていた。じいちゃんは長靴をはいて畑に出た。つばさもあとをついていく。茄子の葉から、水のしずくが落ちる。にんじんの葉が、朝より青くなった気がした。
畑の上を、燕が飛んでいた。
きのうより、ずっと高いところを飛んでいる。青い空を、すいすいと横切っていく。地面すれすれではなく、山の上のほうまで、大きく円を描いている。
「じいちゃん」つばさは空を指さした。「今日は、高いよ」
じいちゃんは手をかざして、空を見た。
「そうだな。高い」
それだけだった。二人はしばらく、飛ぶのを見ていた。つばさは、来年もここへ来ようと思った。次に燕が低く飛ぶ夕方を、今度は自分で見つけられるだろうか。膝はまだ、何も教えてくれない。
高いところで、燕が一羽、ひるがえった。