寝室のドアを閉めると、家の音がひとつ減った。息子の寝息が、廊下の途中で聞こえなくなる。沙耶はそこで少し立ち止まり、それからリビングへ戻った。
洗面所のほうで、低い音がしていた。乾燥を終えた衣類を、機械が一枚ずつ畳んでいる。畳み終えるたびに、白い光がひとつ灯る。全部で二十いくつ、灯って、消える。
直樹はその機械の前にいなかった。ベランダに面した窓が、細く開いていた。
*
夜の風が、生ぬるかった。まだ夏の匂いがする。その中に、洗剤のにおいが混じっていた。
直樹は物干しの前に立って、濡れた洗濯物を手で広げていた。足もとの籠から一枚ずつ取り、しわを伸ばして、竿にかけていく。畳む機械を通さずに、洗ったばかりのものを、そのまま外へ出したらしかった。
「乾燥、使わなかったの」
沙耶が言うと、直樹は手を止めずに、うん、と答えた。
「明日、休みだから」
休みだと、なぜ手で干すのか。沙耶にはよく分からなかった。乾燥機に入れれば、朝には畳まれて出てくる。そのほうが早い。何度もそう思ってきたし、一度は言った気もする。
直樹は、子どものシャツを竿にかけた。小さな肩の形が、夜の中で白く浮かぶ。
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沙耶は籠のそばにしゃがんで、洗濯ばさみの入った箱を引き寄せた。手伝うつもりだったわけではない。ただ、部屋に戻る気にもならなかった。
タオルを一枚、渡す。直樹がそれを受け取って、二つ折りにして干す。次を渡す。受け取る。言葉はなかった。風が竿を鳴らし、干したばかりのものが、いっせいに同じ方へ傾いた。
息子の靴下が、籠の底から出てきた。ちいさいのが、いくつも。沙耶はそれを並べて、片方ずつ留めていった。
「これ、また増えてる」
「先月、買い足したから」
去年のものは、もう入らなくなっていた。いつのまにか足が大きくなって、いつのまにか、新しいのに変わっている。沙耶は指先で、小さな靴下の丸みをなでた。乾いていない布は、まだ冷たかった。
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二人で干すと、思ったよりすぐ終わった。空になった籠を、直樹が足でそっと寄せる。竿には、大人のものと子どものものが、大小まざって並んでいた。風が来るたび、みんなで少し揺れる。
沙耶は手すりに肘をついて、それを見ていた。畳む機械は、いつのまにか静かになっている。灯りも消えていた。仕事を終えて、次の合図を待っている。
「ねえ」
うん、と直樹が返す。
「なんで、手で干すの」
口にしてから、責めているように聞こえたかもしれない、と思った。けれど直樹は気にするふうもなく、竿の端のシャツを、指でまっすぐに直した。
「朝、これ取り込むだろ」
「うん」
「そのとき、あったかいんだよ。日が当たってて」
それだけだった。沙耶は、その答えを、しばらく胸の中で転がした。乾燥機から出てくるものも、たしかにあたたかい。でも、たぶん、同じあたたかさではないのだろう。
*
風がまた来て、洗濯物が傾いた。子どもの靴下だけが、軽いので、いちばん大きく揺れる。
沙耶は手を伸ばして、揺れているそれに、指を触れた。留め直す必要はなかった。ちゃんと留まっている。ただ、触れてみたかった。
明日の朝、これは乾いて、あたたかくなっているだろうか。それとも、まだ夜の匂いを残しているだろうか。分からないまま、沙耶はもう一つ、洗濯ばさみを箱から取った。
使うあてもないのに、手のひらの中で、それをひとつ、鳴らした。