「就業規則や経費精算のマニュアルをいちいち探すのが面倒。社内資料の中身に答えてくれるチャットボットがあれば」。そう思っても、自分でゼロからプログラムを書くのは現実的ではありません。
そこで使えるのが Dify です。Difyは、大規模言語モデル(LLM)を使ったアプリを、画面の操作だけで組み立てられるオープンソースのツールです。チャットボットや、自社資料に答えさせる仕組み(後で説明するRAG)を、コードを書かずに作れます。
この記事では、「就業規則のPDFを読み込ませて、社員からの質問に答えるボットを作る」という具体的なゴールを想定します。RAGの仕組み、Difyの2つの動かし方(手軽なクラウド版と、自分のサーバーに立てるセルフホスト版)の使い分け、そして最初につまずきやすい点と「本当にかかるお金」まで、順番に整理していきます。なお画面名やメニュー位置はバージョン更新が速いので、細かい操作は最新のDify公式ドキュメントで照らし合わせてください。
そもそもRAGとは — 「資料を見ながら答えてもらう」仕組み
ChatGPTのようなLLMは物知りですが、あなたの会社の就業規則は知りません。そのまま聞いても、もっともらしい嘘(ハルシネーション=AIが事実でないことを自信ありげに作文する現象)が返ってきます。
RAG(Retrieval-Augmented Generation=検索で補強した生成)は、これを「資料を手元に置いて、それを見ながら答える」やり方に変える仕組みです。Dify公式は、おおまかに3段階で説明しています。
- 検索(Retrieval): 質問が来たら、取り込んだ社内資料の中から関連の深い部分だけを探し出す
- 補強(Augmented): 探し出した部分を、質問とセットで「参考資料」としてLLMに渡す
- 生成(Generation): LLMはその資料を根拠に答えを作る
社内資料の例で流れを追うと、こうなります。
就業規則.pdfと経費精算マニュアル.docxを取り込む- 文章を段落ごとに細かく分割する(この断片を「チャンク」と呼びます)
- 各チャンクを埋め込みモデルで数値の列(ベクトル)に変換して保存する
- 社員が「有給は何日前に申請?」と聞くと、質問も数値に変換し、意味の近いチャンクを探す
- 見つかった「有給の申請に関する段落」を根拠に、LLMが回答する
ここで大事な注意があります。公式の表現は「ハルシネーションが起きにくくなる(less prone to hallucinations)」であって、「なくなる」ではありません。元の資料が古い、分割が雑、該当箇所がそもそも無い——こうした場合は精度が落ちます。RAGの賢さは、AIそのものより渡す資料の整い具合で決まる、と覚えておいてください。
Difyで作るおおまかな流れ(4ステップ)
実際の組み立ては、ノーコードの画面操作で進みます。細部はバージョンで変わるので「だいたいの流れ」として読んでください。
- モデルプロバイダを設定する: DifyにはLLMが内蔵されていません。Settings → Model Providers から、OpenAI・Anthropic(Claude)・Googleなどを選び、各社で発行したAPIキーを貼り付けます。RAGを使うなら、回答用のLLMに加えて埋め込みモデルも設定が必要です(資料をベクトル化するため)。
- ナレッジ(知識ベース)を作る: 就業規則などのファイルをアップロードします。初心者はまず「Quick create」を選べば、分割や変換はDifyが自動でやってくれます。
- アプリ(チャットボット)を作る: チャット型のアプリを新規作成し、さきほどのナレッジを紐づけます。
- テストして公開する: 「有給は何日前?」と試しに聞き、正しい根拠を引けているか確認します。問題なければWeb公開やAPIとして社内に配ります。
対応するファイル形式は、PDF・Word(DOCX)・テキスト・Markdown・HTML・CSVなど主要なものに対応しています(対応形式や1ファイルの容量上限は更新されるので、最新は公式ドキュメントで確認してください)。
精度が出ないときに見直す設定
「PDFを入れたのに変な回答が返る」。RAGで最初にぶつかる壁です。Difyには精度を調整するつまみがいくつかあります。
- インデックス方式: 「High Quality(埋め込みモデルで意味的に検索。精度高・トークン課金あり)」と「Economical(チャンクあたり10個のキーワードで索引を作る方式。トークン消費ゼロだが精度は落ちる)」の2つ。社内ボットなら基本はHigh Qualityです。ここで一つ落とし穴があります。公式ドキュメントは「High Qualityで作った後にEconomicalへ切り替えることはできない」と明記しています(逆にEconomical→High Qualityへの引き上げは可能)。後から軽くしようとして詰まる人がいるので、迷ったら最初からHigh Qualityにしておくのが無難です(出典: Dify公式 Setting Indexing Methods)。
- 検索方式: High Qualityでは、ベクトル検索(意味で探す)・全文検索(言葉で探す)・ハイブリッド検索(両方を同時に実行して統合)が選べます。固有名詞や型番が多い資料は、ハイブリッドが効くことが多いです。
- リランク(Rerank)と取得件数: 検索でざっくり集めた候補を、別のモデルで並べ替えて精度を上げるのがリランクです。既定はオフ。TopK(何件渡すか)やScore Threshold(どれくらい似ていれば採用するか)と合わせて調整します。
つまり「変な回答」への対処は、AIを責めるのではなく、資料を整える → 分割と検索方式を見直す → 必要ならハイブリッド+リランクを足す、の順で当たるのが定石です。
動かし方は2択 — クラウドか、自分のサーバーか
Difyには大きく2つの動かし方があります。ここが初心者にとって一番の分かれ道です。
| Dify Cloud(公式SaaS) | セルフホスト(Community Edition) | |
|---|---|---|
| 初期設定の手間 | ほぼゼロ。登録してすぐ使える | サーバー用意+Docker構築が必要 |
| 費用 | 無料枠あり+有料プラン | サーバー代(VPS月額など)。Dify自体のライセンス費はなし |
| 資料の保管先 | 海外(米国など)。AWS等を利用 | 自分のサーバーの中 |
| 機密資料向き | △ | ◎ 自社インフラ内に留められる |
| 拡張性 | プランの上限あり | 自由(性能はサーバー次第) |
まず試したいだけなら Dify Cloud です。無料の「Sandbox」プランがあり、メッセージ数・アプリ数・登録できる文書数・ベクトル保存量などに上限があります。具体的な枠や有料プランの料金(Professional / Teamなど)は変わりやすいので、Dify公式の料金ページで最新を確認してください。
判断軸はシンプルです。公開してよい一般的な資料(製品マニュアルなど)ならCloudで十分。一方、個人情報や未公開の社内規程のように機密性が高いものは、資料が自社サーバー内に留まるセルフホストが安心です。Dify Cloudの運営元(LangGenius)はプライバシーポリシーで、収集した情報を米国を含む複数の国・地域で保管・処理することがあり、サービス提供にAWS(Amazon Web Services)などを利用する旨を明記しています(出典: Dify Privacy Policy)。データの所在を国内に限定したいなど、自社のコンプライアンス要件がある場合は、ここが分かれ目になります。
ただしセルフホストでも、LLMにはAPI経由で質問と参考資料の本文が送られます。つまり「Difyの保管先」だけでなく「使うモデルプロバイダ(OpenAIなど)のデータ取り扱いポリシー」も合わせて確認するのが筋です。
セルフホストの始め方 — DockerとVPS
自分のサーバーに立てる場合の最小構成を見ておきます。Dify公式のDocker Composeデプロイ手順では、動作の最小要件をCPU 2コア以上(CPU >= 2 Core)・RAM 4GiB以上(RAM >= 4 GiB)としています(出典: Dify公式 Docker Compose Deployment)。ただしこれは最小値で、就業規則の検索ボットを快適に回すなら、実運用ではメモリ8GB前後を見ておくと余裕ができます。
Dockerが入った環境なら、公式のクイックスタートはこれだけです。
git clone https://github.com/langgenius/dify.git
cd dify/docker
cp .env.example .env
docker compose up -d
起動したらブラウザで http://localhost/install を開き、管理者アカウントを作成します。難しく見えますが、やっていることは「設定ファイルをコピーして、コンテナ一式を立ち上げる」だけです。
Linuxに不慣れなら、VPSのテンプレを使う手もある
とはいえ「自分のサーバーを用意してDockerを入れる」段階で止まる人は多いです。そこで選択肢になるのが、VPS(仮想専用サーバー)側が用意した自動構築テンプレです。
たとえば ConoHa VPSPR は、2025年10月にDifyを含むAI系のスタートアップスクリプトを公開しました(出典: GMOインターネット プレスリリース)。サーバー作成時にDifyテンプレを選ぶと、Docker・PostgreSQL・Redis・ベクトルDB(Weaviate)・Nginx(SSL対応)まで自動で組まれた状態で立ち上がります。手順はおおむね3ステップです。
- コントロールパネルでDifyのスタートアップスクリプトを選んでサーバーを作成
- SSHでサーバーに入り
/root/dify-start.shを実行(数分待つ) http://[ドメイン]/installで管理者を登録し、/root/dify-enable-https.sh -e [メール]でHTTPS化
ConoHa公式の手順ページでは、このDifyテンプレの推奨環境としてメモリ8GB以上・ディスク20GB以上が案内されています(ベクトルDBやPostgreSQLなど複数のコンテナが同居するため、前述のDify最小要件より上振れします)。ベクトルDBまで自動で入るので、Linuxの細かい設定に踏み込まずに済むのが初心者向けの利点です(プラン・推奨環境・手順の最新はConoHa公式ドキュメントで確認してください)。
ひとつ注意点があります。インストール直後はサービスが起動するまで、管理者未設定のまま外部からアクセスできる状態になり得ます。立てたら最初に管理者アカウントを登録して、他人に乗っ取られないようにしてください。
自分で一からDockerを組む方法とVPSのテンプレ、どちらが自分に合うかは AI向けVPSの比較 や ConoHa VPSのAIテンプレ解説 も合わせて読むと判断しやすいはずです。「そもそも自前サーバーが要るのか」から考えたい人は 自作AIツールを公開する方法 が出発点になります。
「Dify無料」は完全無料ではない — 本当のコスト
ここを誤解すると後で驚きます。Difyを使う費用は、ざっくり3つに分かれます。
- Difyの利用料: Cloudならプラン料金、セルフホストならVPSなどのサーバー代。Dify本体のライセンス費は無料です。
- LLMのAPI従量課金: 質問と回答のやりとりに応じて、OpenAIなどのモデルプロバイダへ支払います。Difyの料金とは別建てです。
- 埋め込みのトークン課金: High Qualityインデックスでは、資料をベクトル化する際にも埋め込みモデルのトークン費がかかります。
単価はプロバイダ・モデルごとに違い、変動もします。具体額は各社の料金ページで確認してください。要するに「セルフホストでDify自体はタダ」でも、AIに問い合わせるたびにAPI代は発生する、という構図です。
ライセンスの注意 — 社内利用は基本OK、外販はNG
Difyのライセンスは「Dify Open Source License」(Apache 2.0ベース+追加条件)です。商用利用はできますが、主な制約が2つあります。
- 書面の許諾なく、Difyを他社向けのSaaS(マルチテナント)として再提供してはいけない
- Difyの管理画面のロゴや著作権表示を削除・改変してはいけない
今回のような「自社内で社員向けに使うチャットボット」は、通常この範囲に収まります。ただし、Difyで作ったものを社外向けサービスとして展開する計画があるなら、その時点でLICENSEや公式への問い合わせで可否を確認してください。
どんな人に向くか/向かないか
- 向いている人: 社内マニュアルや規程が整っていて、それを引ける窓口がほしい人。コードは書けないが、画面操作とAPIキー設定くらいはできる人。機密資料を外に出したくなくてセルフホストを許容できる人。
- 向かない人・損しやすい人: 元の資料がそもそも散らかっている人(RAGは資料の質に依存するので、まず資料整備が先)。サーバーの保守をする気がない人(その場合はCloud一択、それも面倒ならノーコードのSaaS型ボットの方が楽な場合も)。
最短で着手するなら、まずこの2つ
読み終えたら、次に開くのはこの2か所です。どちらから入るかは「試したいだけ」か「機密資料を扱う」かで決めてください。
- すぐ試す: dify.ai でCloudのアカウントを作り、SandboxプランでナレッジにPDFを1枚アップしてみる(サーバー不要)。
- 自前で立てる: GitHubのlanggenius/dify を
git cloneしてdocker compose up -d。Linuxが不安なら、その前に AI向けVPSの比較 で土台を選ぶ。
どちらも最初の関門はLLMのAPIキー設定です。OpenAIやAnthropicのキーを1本用意しておくと、つまずかずに最初の回答までたどり着けます。
まとめ
- Difyは、自社資料に答えるAIチャットボットをノーコードで作れるオープンソースツール。中核はRAG=「資料を検索して、それを見ながらLLMに答えさせる」仕組み。
- RAGはハルシネーションを減らすもので、なくすものではない。精度は元資料の整い具合・分割・検索設定で決まる。
- DifyにはLLMが内蔵されていない。OpenAIやClaudeなどのAPIキーと、RAG用の埋め込みモデルの設定が必須。
- 動かし方はCloud(手軽・機密は△)とセルフホスト(手間あり・機密◎)の2択。機密度で選ぶのが基本。
- Linuxに不慣れなら、ConoHa VPSPRのようにベクトルDBまで自動構築するVPSテンプレを使う手もある。
- 「Dify無料」はライセンス費の話。LLMのAPI従量課金は別途かかる。社内利用はライセンス的に基本OK、外販はNG。
- 料金・対応形式・対応モデルは変わりやすい。数値はDify公式とドキュメントで最新を確認すること。